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シェムリアプで迎えた不思議な新年 4
 薄暗い船の上で数十分すごし、ようやく帰りのボートが戻ってきた。
パーティーは完全にお開き、従業員も一緒に帰路につく。


時折マイク達と話したり、ぼーっと暗闇の水面を眺めながら、ボートはだんだんシェムリアプの町に近づいてゆく。

そこで、ふと思い出す。
船を降りたら、次はオンボロのバンに乗って宿まで戻るんだ。

嫌な予感がする。


こういった状況での嫌な予感はだいたい当たる

バンに乗り込む私にマイク達は、「オレ達は自分の車で帰るから」とさよならの握手をしてきた。バンの中には先ほど船上で働いていた若いカンボジア人の男の子、女の子がぎっしり乗っている。



その真ん中にぽいっと放り込まれ、緊張でやけに姿勢良く座っている私は完全に浮いていた。周りのカンボジア人も、何もしゃべりはしないが明らかにこちらを気にしている。

車内はなんだか異様な雰囲気に包まれていた。




年が変わった早々に、この緊張感はいったいなんなんだ。
この車は本当に私を無事に宿まで送り届けてくれるのか。
周りのカンボジア人達は、信用できるのか。



いろいろな妄想が頭を駆け回り、シーンとした車内の空気の重圧は更に追い打ちをかけた。


何かしゃべらなければ。

話題を必死で探していると、突然となりに座っていた女の子が話しかけてきた。しかも日本語で。

たどたどしい日本語ではあったが、十分会話はできた。
英語も交えながら、よくある「旅人と現地の人の会話」をした。
周りのカンボジア人も、話には加わらないがにこにこしながら興味津々といった感じでこちらを見ていた。


あっ、と思った。

多分、その女の子は日本語ができるから私の横に座ったのだ。
そして、勇気を振り絞って私に話しかけてきたのではないか。


これは私の勝手な想像だが、彼らはとてもシャイなのだと思う。
外国人にとても興味があるけど、自分からはなかなか話しかけられないのだ。
お金を稼ぐ為外国人に積極的に話しかけなければならない観光地の土産物売りやツクツクドライバーとはちょっと違う。むしろ、このシャイな姿の方がカンボジア人の本来の姿なのではないか。


ようやくそう気づいた時には、もうさよならをしなければならなかった。


バンはところどころで停まり、一人、二人と降りていった。宿に着いた頃にはぎゅうぎゅうだった車内は3分の1ほどになっていた。


ありがとう!サンキュー!

車を降り、何度もお礼を言って走り去る車に手を振った。




年明けそうそう、なんとも不思議な体験だった。
あのへんてこな空気の中、最終的には少しカンボジアを理解できたような、できてないような。




静かにドミトリーの部屋のドアを開ける。
すでにタラはベッドですやすや寝ていた。



ちょっと寝たら、初日の出を見にアンコールワットだ。
少し、わくわくしてきた。






2008_0102BT
活きのいい魚はすぐに外に跳ね出てしまう。 
おばさんは器用にそれをひょいっと掴んではもとに戻すのだった




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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプで迎えた不思議な新年 3
マイクは、オーストラリア人だった。

日本のニセコにはスノーリゾート業などを営むオーストラリア人がたくさんいると聞くが、ここカンボジアでも同じようだった。オーストラリア人はリゾート業が得意な人種なのだろうか。


メインは不動産を転がしてお金を稼いでいるとマイクは言った。Tシャツに短パン、草履姿で瓶ビールを飲む姿はとても不動産をやっているようには見えなかったが、カンボジアの物価では他の国ほどお金もかからないのだろう。


ただ、カンボジアののんびりさには勝てなかったのか、マイクは今回の船上年越しパーティーはかなりあきらめモードだった。設備の古い船だった上に電力不足、追い打ちに目玉の花火が中止になってしまってはお客も盛り上がりたくても盛り上がれない。みんなそれぞれの連れと不安げにテーブルにつきフィンガーフードをつまんでいるだけだった。


投げやりな態度のマイクと世間話を話していると、もう一人マイクと名乗るおじさんがやってきた。仮にマイク2としよう。

彼はマイク1の友人で、これまたオーストラリア人だった。2人とも似たような境遇でカンボジアまでやってきて、ここで出会ったのだそうだ。顔は違うが似たような格好をして同じようなしゃべり方だった。(同じオーストラリアなまり英語なので当たり前と言えば当たり前だが。)


会話の途中によく、「オーイ」と言っていたのがおもしろくてとても耳に残ってる。オーストラリアの方言なのか、内輪での口癖なのかよくわからないが、多分「まー」とか「いやぁー」とかいった類いのかけ声的なものだと思われる。従業員のカンボジアの若者もオーイとおじさん達が言うたびにクスクス笑っていた。



そんな話が盛り上がる訳でもなく、むしろ必死で話題を探してなんとかつなぐといった感じだったが、マイク1&2が話しているのを聞いていたり、上のデッキにあがってみたりしているうちにカウントダウンを迎えた。これまた大騒ぎする訳でもなく、近年まれに見るほどの感動のない年越し風景だった。


カウントダウンも終わり、上のデッキで真っ暗な川を眺めていると、何やら乗っきた小さな船が動いていた。マイク2がやってきて、終了を待たずに帰りたいと言い出した客がいて、船を出したと教えてくれた。

できれば私も乗って帰りたかったのだが、オーナーと話をしてしまった以上、帰りたいとは言い出しずらかった。


しかたがないか、とあきらめ船を見送り下におりた。
するとどうだろう、一部の客が帰ったとばかり思っていたら、下のデッキには従業員しか残っていなかった。誰かが帰りたいと言い出したら、私も私もと次々にみんな船に乗り込み、結局全員帰ってしまったのだとマイク1が教えてくれた。


なぜそこで私に声をかけてくれないんだと言いたかったが小心者の日本人の私には言える訳もなく。言えたとしても、先ほど出たばかりの船がお客を降ろして戻ってくるまでWマイクと従業員達と一緒にこの船上で待たなければならない事に代わりはなかった。



カンボジアとは言え冬の時期。船上を通過する風は涼しいから冷たいにかわりつつあった。
確か、ここまで来るのに20〜30分かかった。ということは、次に迎えが来るのは少なくとも40分後だ。


話題もつきたしビールを飲む気にもあまりなれない。


2008年1月1日。


カンボジアで迎えた新年は、あまりにも新年らしからぬものとなった。
良い悪いはさておき、今までにない年越しだったということは、確かである。







2008_0101BC
ツクツクに乗っている時に撮ったので傾いているが、とある遺跡。
カンボジアの遺跡はラピュタのモデルになったと聞いた事があるが、
手つかずになり荒れ放題の遺跡は確かに竜の巣の中の空中庭園を思い出させた。




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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 22:29 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプで迎えた不思議な新年 2
バンは、その車内の静かさをかき消すようにガタゴトと音を立てながら走り続けた。20分ぐらいすると川辺に停まり中に乗っていたお客は船に乗るように促された。


椅子が並べられた狭く暗い船内にはすでに他から来たお客も少し乗っていて、私たちが乗ると満席となった。裸電球一つに照らし出されているその船は、どう見てもディナーどころか食事をするスペースすらない。


他の乗客の話に聞き耳をたてると、この船で会場となる別の大きな客船に移動するらしいということがわかった。私を含め、バンに乗っていたお客は「まさか、このおんぼろ船がディナー会場じゃ・・・」と思っていたので胸を撫で下ろした。



ドッドッドッドッ、と騒音と煙を巻き上げながら船は暗い川を進んでゆく。
時折明かりが見えた。それは岸辺の水上に建つ民家や船のガソリンスタンドで、窓枠の中に照らし出される人々の姿は、まるでカンボジアの人たちの生活を切り取った写真のようだった。


船内も相変わらずエンジン音がすざましく、みんな自分の連れと頭をつき合わせて何か大声で一言二言かわすぐらいしかできなかった。


私も、雰囲気にのまれおとなしく一人で隅っこに座っているしかできなかった。



2007_1231DN
暗く狭い船内から外を眺めても、
川岸にぽつりぽつりと浮かぶ家や、
漁をするボードの明かり以外は何も見えなかった。





20〜30分は乗っていたと思う。
ようやくついた客船は、さすがに2階建てで広々としたデッキがあった。それでも、照明不足は相変わらずで、申し訳なさげに取り付けられたイルミネーションも寂しげだった。

さらに、みんなが乗りこんだそうそうに停電がおこり、すぐに復旧はしたものの乗客のテンションが下がって行くのが明らかだった。


こんな雰囲気の中、他の乗客と少し挨拶はしたもののそのグループに入りこめるほどではなく一人でテーブルにつくことになってしまった。手持ち無沙汰できょろきょろしていると、船のオーナーらしき白人の男性が、食べ物も飲み物もフリーだからね、と声をかけてきた。


船上にはカンボジア人の若者が何人も乗っていて、彼らがウェイトレスやウェイターとして働いていた。白人のオーナーはそのうちの一人に声をかけ、ビールを持ってこさせた。

2007年大晦日、一緒に年越しをするのはマイクと名乗るこのディナーの主催者となりそうだった。






2008_0102BX 
ベトナム同様カンボジアでもフランスパンが食べられていたが、
形はベトナムのそれよりも細長いものであった。





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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 21:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプで迎えた不思議な新年 1
宿の同じ部屋には、オーストラリアからきたタラという女の子と、韓国人の女の子2人組がいた。

韓国人の方はほぼすれ違いだったので少ししか話さなかったが、キリスト教で布教活動かボランティアかをしにきていたようだった。韓国ではキリスト教徒が一番人口が多いらしい。仏教徒よりも多いとは意外だが、歴史上の理由があるのだろうか。

まだ学生の彼女達の荷物に、アコースティックギターがあったのがとても印象的だった。


声の大きなオーストラリア人のタラの方も、学生でボランティアをしにきたとのことだった。
どこかの学校で数ヶ月間英語を教えるそうで、大きなトランクに目一杯洋服やアクセサリーをどっさり詰め込んできていた。若者だけにオシャレも大切なのだろうが、さすがにそれは多すぎじゃないかと思うほどだった。


アンコールワットの初日の観光を終えて宿に戻ると、そのタラが船上カウントダウンパーティーに行かないかと誘ってくれた。宿に置いてあったアクティビティーのチラシに載っていたもので、メコン川に浮かぶ船で食事をしながら、花火と新年のカウントダウンを楽しもうというものだ。仲良くなった別部屋の宿泊客と一緒に行く予定だから、私もよかったら来ないかと言ってくれた。


実は、あまりパーティーというものが得意ではないので、「少し考えて行く時は自分で申し込みをするよ」、と答えた。


結局は積極的にならねばと申し込みをしたのだが、これが不思議な新年を迎えることになる原因だった。



オールドマーケットをぶらつき、宿に戻ってから受付で申し込みをした。花火が中止だと言っていたが、あまり深く考えずにお金を払った。
部屋に戻るとタラは居ず、戻ってきたのは数時間後だった。

タラに申し込みをしてきた事を告げると、なんと彼女達は申し込みをしていないと言う。
ダウンタウンのバーでみんなで飲む事になったそうなのだが、問題はそれを聞いた時には船上パーティーの方の申し込み受付時間がすぎており、キャンセルもできない状態だったことだ。


花火が中止になったパーティーに一人参加。
ちょっと待ってくれと思ったが、もうどうする事もできなかった。


相変わらずの大きな声でSorryと繰り返すタラに、No problem と答えてみたものの、楽しめる予感はあまりしなかった。



集合時間になり、1階に降りる。
宿の前に古いバンが停まり、それに乗るように促される。


思い切って乗り込むと、狭い車内には白人の中年夫婦やアジア系の親子、あとはローカルっぽい東南アジア系の家族など、あまり盛り上がりしなさそうなメンツが乗っていた。





2007年の大晦日の夜は、いつもとは全く違った物になりそうだった。







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アンコールワットからアンコールトムに向かう途中、
大きな石像が両サイドにいくつも建てられた橋を渡る。





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その下を流れる浅い川では、のどかに何やら作業をしている人たちと
のんびり草を食む牛たちがいた。






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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 22:20 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
アンコールの遺跡群 2
巨大な顔が見守るバイヨン寺院を後にし、その近辺にある他の遺跡を見て回った。 


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遺跡ごとに入り口でチケットをチェックするのだが、その入り口の周りにはだいたい土産物屋や食堂があった。 



自分はバッグに食料を少し入れていたので見学途中にちょこちょこ食べていたのだが、そういえばバイタクのドライバーにお昼って支給する物なんだろうか?なんとなくどうしていいかわからずに2時を過ぎてしまっていた。結局一緒に食堂に入ったのだがドライバーはすでに昼食を済ませていたため、飲み物だけ注文した。

このドライバーはことあるごとにチップの話をしていたので、どうも快くおごってあげられないという理由もあったのだが。




食堂で一服した後も、アンコール観光は続いた。
癩王(らいおう)のテラスや、像のテラスなどを見て回った。

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アンコールワットでは美しい建物や風景以外に、もう一つ目に入ってくるものがある。生きる環境の違いだ。

遺跡内には本来チケットを持たない人は入れないのだが、広い上に囲いもきちんとしてある訳ではないので、子供達や物乞いの人が多々入り込んでいる。

観光客の子供と、土産物を売り歩くカンボジアの子供との対照的な姿をまざまざと見せられたり、お金を稼ぐため、生きるために外国語を学ぶ子供達の姿もあった。ある狭い通路では、道行く人に物乞いをする両足を失った男性と、その彼に1ドルを渡す代わりに写真を撮らせてくれとファインダーを覗く欧米人男性の姿があった。


この場所には多くの人が集まっていて、その人たちが生きている環境の差はかなり大きい。 誰が悪い訳でも、誰が良い訳でもない。ただ、単純に生まれた場所が違うというだけだ。

人間は生まれた時から平等ではない。その事実が目に見える形でそこに存在していた。 





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カンボジアの人たちシリーズ。
左上より時計回りに
遺跡の修復作業をする人たち
バイタクドライバーのスリーデー
土産物屋の子供
ヤシの実を運ぶバイクリヤカー 


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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 00:16 | comments(4) | trackbacks(0) | - |
アンコールの遺跡群 1
チケット売り場で3日券を買った。その場で顔写真を撮り、パウチされたチケットを渡された。値段は40ドル、高いのか安いのかわからないが、現地の人が気軽に買える値段ではなさそうだ。


長い、まっすぐな道をバイタクは走る。
木々が生い茂り猿が我が物顔で歩き回っている道を抜けると、お堀のような所にでた。

あれがアンコール・ワットだよ、ドライバーがお堀の向こう側に見える遺跡を指差した。想像以上に大きく、広い遺跡だった。土産物屋が立ち並ぶ駐車場スペースに出るとバイクが停まった。


さすがに世界的に有名な場所だけあって、あたりは観光客でいっぱいだった。
ドライバーは、自分はここで待っているから中に入って見てこいと言う。1時間じゃすまなさそうな広さだ。私が中にいる間他の客を探したりしたいだろうと思って、「普通見るのにどれくらいかかる?」と聞いても「あなたの気の済むまで見てこい」との返答。1日雇われたら他の仕事はする気がないのかもしれない。きっと待つ事も彼らの仕事なのだろう。



じゃあ2〜3時間で帰ってくるから、と告げ歩き出す。ふと、見終わって出てきた時に、この人ごみの中で彼を見つける事ができるのだろうかという一抹の不安がよぎる。顔をもう一度見ておこうと振り返ってみたが、そこには彼の姿は既になかった。




遺跡の入り口まで、お堀の上にかけられた道をまっすぐ歩く。けっこう長い。大きな石を切り出して作られたその石畳は、何百年も前に作られ、そして人々がそこを歩いたのであろうという事を物語っていた。


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相変わらず人は多く、その姿も様々だった。
私のようなバックパッカー、日本人や韓国人のツアー団体客、そして中にはお坊さんを先頭に歩く裸足の集団も。タイなどからお寺参り(?)にやって来たようで、要所要所でお坊さんが何やら説明をしていた。



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そういう人たちにまぎれて歩いていると、片言の日本語で声をかけられた。
赤い袈裟を着た、若いお坊さんだった。


日本語を勉強しているという彼は、こうやって日本人を見かけると話しかけて会話の練習をしていると言った。さすがにお坊さんは勤勉だなぁと感心しながら、しばらく彼と一緒に歩いて見て回った。



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話すうちに、この彼は先ほどの裸足の集団をお世話しているという事がわかった。タイからやってきたこのお坊さんと、何かしら宗教的なつながりがあるようだったが、詳しい事はよくわからなかった。きっとこのメコン川周辺の国の歴史とかを知っていれば、もっと彼の話が理解できたのだろう。



途中、彼らの集団が座り込みお坊さんの説法が始まったようだったので、ここで別れた。最初は入り口が一つで込み合っていたが、だんだんと人が分散し遺跡をじっくり見ることができるようになってきた。



遺跡は、石を切り出し、細かい細工をしたものが使われているのだが、あまりの細かさとその大きさには、ため息しか出なかった。

手先の器用さでは日本人が一番だろう、なんて勝手に思っていたが、このアンコールワットの遺跡を見ると、ここに住む人たちは手先の器用さだけではなく、それをかなり広い範囲に渡って施すことを可能にした技術や統制があったのだと思わざるを得ない。

芸術の何を知る訳ではないが、デザインや色彩以外にも、作品の大きさというのも人を圧倒するためのテクニックだと思う。まさに、このアンコール・ワットはそれだった。その細かく美しい彫刻もスバラシイのだが、それをここまで広範囲で見せられると、うわっ、と圧倒され、息をのんでしまう。




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写真のような彫刻が建物の壁一面に施され、また、きれいに削りだされた同じ形の石柱が何百本も並んでいた。中には風化してはっきりとその彫刻が残っていない部分も多々あったが、もともとは細かい細工がされていたことは明らかだった。


宗教や歴史についてまったくの勉強不足の私だったが、それらを知らずともこの巨大な芸術作品は十分に楽しめるものであった。


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途中座り込んで休みがてら眺めたりして、ようやく中を一周して外に出てきた時には3時間は経っていた。バイタクのドライバーは私がこの時間に来る事を知っていたかのように、入り口で待っていた。


アンコールの遺跡はこれだけではない。
アンコール・ワット、アンコール・トム、バンテアイ・スレイなど、有名どころ以外にも小さめの寺院などがあちこちに散らばっている。

すぐにバイタクにまたがり、アンコール・トムへと行く。
アンコール・ワットは一つの大きな寺院だったが、アンコール・トムは敷地の中に寺院や王宮が建ち並ぶ。(アンコール・トムとは「大きな町」という意味で、実際には城壁のことをさすらしい)


このアンコール・トムの中にはバイヨンという有名な寺院がある。
塔の屋根の部分に大きな顔の彫刻が施されている写真を、見た事のある人も多いだろう。



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やはり大きいというのはそれだけですごい。
遠目で全体像を見た時も感動したが、中に入り間近でその顔に対面した時は思わず腕を組み口を開けたまましばらくの間ぽかんと眺めてしまった。



アンコールは、まさに巨大なオープンエアの美術館だった。





まだまだアンコールの感動体験が続く予定です。
独りよがりとわかっていても、書かずにはいられないスバラシサ。

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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 20:51 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプの人たちの暮らし
 初日のバイタクドライバーが宿まで迎えにきていた。
早速後ろにまたがりアンコールワットを目指す。


シェムリアプの街はホーチミンと比べるとかなりきれいだった。観光地化が進んでいるので、ローカルの人々が住むエリアを抜けるときれいなホテルや新しい博物館などが建っていた。繁華街には欧風のレストランやパブが店を構え、夕方になると多くの欧米人が食事を楽しんでいた。テーブルのセッティングや運ばれる食事、本当に自分は今カンボジアにいるのか?という疑問さえ浮かんできそうなほど、そのエリアは欧米化されている。


きっとそのお店はカンボジア人ではなく外国人の経営者が運営しているのだろう。
私としては、わざわざここまで来て自国と同じ環境を求めるのはお金の無駄遣いとしか思えないのだが、きっと彼らとは旅行の目的が違うのだろう。純粋にアンコールワットだけを見に来た、もしくはリゾート地としてカンボジアを選んだというところだろうか。



そんな欧米エリアを過ぎ、シェムリアプ川沿いに目をやると、地元の人々の住む水上の高床式の家が並ぶ。いや、正直に書こう。水上ほったて小屋が並んでいる。


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洪水が起こったら一発で流されそうだが、そんな心配をする様子もなく、彼らはそこで暮らしていた。



カンボジアという国のイメージは、地雷、貧困、といったアンコールワットをのぞけばマイナスなものばかりだった。多くのNPO法人やボランティア団体がこの地を訪れ支援をしているからには、きっと人々の暮らしは荒んでいるんじゃないか、と思っていた。そして実際にこの家を見たら、やっぱりそうか、と思うしかなかった。


しかし、車やバイクの後ろから覗いただけではあるが、人々の顔は決して荒んでいなかった。


夜、ガラスの貼られていない窓の向こう側には、1台のテレビを取り囲んで笑っている人々がいた。きっとテレビのある家は限られていて、面白い番組がある時は近所から人が集まり、こうやってみんなで仲良く見ているのだろう。


少しの隙間からのぞいただけではあるが、そこに暮らす人々は、むしろ先進国と呼ばれる私たちよりも幸せそうに見えた。むろん、地方に行けばきれいな水がないとか、地雷の除去が終わらない危険地帯であるとか、そういうところが多々あるのかもしれない。しかしこのシェムリアプの人々は貧しいながらも幸せそうに暮らしていた。



自分の目で見た物がすべてではないが、メディアなどから仕入れる情報もすべてではない。
そしてそれらは常に古い物になっていくという事も忘れてはならない。



しかしやはり、自分の目で見たものは大きく、印象に残る。
裸電球に照らされた笑顔の数々を見て、何となくほっとした、と思うのは大きなお世話だろうか。








2007_1231AE

宿の朝食はフリーでついていた。
バイキング形式で、パン、シリアル、カットフルーツに飲み物などかなり充実していた。
特に南国特有のフルーツを少量づつたくさん食べられるのはうれしかった。




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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 20:54 | comments(3) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプの街
シェムリアプは、アンコールワットの遺跡めぐりの拠点となる街で、首都のプノンペンへは車で5時間ほどかかるらしい。

時間に余裕のある旅だったら、プノンペンに立ち寄る長距離バスの利用ができたのだが、なかなかそういう訳にも行かず、また、不安だらけの初東南アジアの旅だったので確実な方法を選び直接シェムリアプまで来た。アンコールワットという大観光地へ。


アンコールワットの入場券は1日20ドルと、カンボジアの物価からみると非常に高い。貧乏旅行の私にだって高すぎる。昼を過ぎてから1日券を購入するのももったいなかったので、この日はシェムリアプの街を探索してみることにした。



オールドマーケットが宿から歩いて5分のところにあった。生鮮食品の他にシルク製品などの土産物屋などもたくさん入っていて、半ば観光客向けのようだったがそれでも十分にカンボジア人の生活をかいま見る事ができた。


土産物のエリアでは、色鮮やかな布地が積み上げられ、若い女性のカンボジア人が「安くするよー」「シルク、シルク」と巧みに日本語を操り客引きに一生懸命だ。日本語がわからないふりをすれば、中国語、英語、と他の言語もすらすらと出てくる。


一方、生鮮食品売り場は建物の中の方にあり非常に薄暗い上にハエもたくさん飛んでいてお世辞にもきれいとは言いがたい。しかし、生鮮食品は観光客はあまり買わないので、実際に買っているのは地元のカンボジア人。つまり売っている物はまさにローカル向け。これを見ずして帰れるか。



キュウリも大根も、日本の物とは少し形が違う。やはりマーケットは楽しいなぁ。そんなことを思いながら人ごみをかき分けながらうろうろとしていると、何やらおいしそうな物を食べている女の子達がいた。

2007_1230BA

かき氷のようだが、中にいろいろ入っていてなんだかおいしそうだ。
ベトナムで既に生水生氷(?)を食してしまっているのでもう怖い物はない。
(とはいえ、2〜3分迷ったが)

女の子達の横に座り、お店のおばさんに指を1本立ててみせた。
「これと同じのを1つ」

具材は選べるようで、何やらいろいろ聞かれたがもちろんわかる訳もなく。適当にうんうんとうなずいてみせると、おばさんはお皿に何やら入れ、その上からかき氷を削りそしてシロップのようなものをかけた。

中に入っていたのは、豆や芋ようかんのようなもので、以前台湾で似たような物を食べた覚えがある。それにはかき氷は入っていなかったが、芋とか豆とかが好きな私にうってつけのおやつだった。(冷凍豆花という名前だったと思う)

暑い中長い事うろついていたので、そのかき氷の冷たさと甘さといったら、至福のひとときだった。

隣のカンボジア人の女の子達はとてもシャイで、話しかけると恥ずかしそうに顔を赤らめていた。そしてお店のおばさんは親切で、食べ終わってお金を払う私に、1杯の冷たいお茶を出してくれた。




ベトナムとは違って、とても素朴な感じが漂っていた。






しばらくマーケット内をうろついた後、今度は外の通りへ出てみた。外は外でまた面白い。見慣れないものがたくさんだ。


斬新なディスプレイの靴屋


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大量の干し肉(魚?)をぶら下げている店

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駐輪場なのか、販売しているのか、ずらりとならんだバイクの数々。

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 焼きバナナを売る屋台。 

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 夕暮れ時。そういえば、おなかも空いてきた。 

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今日の夕飯は路上レストランでカンボジア料理でも食べようか。
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カンボジアチャーハンとアンコールビアで、乾杯!

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なんだか楽しくなってきた。
浮き沈みの激しい一人旅、明日はいよいよアンコールワットに足を踏み入れる。







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いよいよアンコールワットへ 3
40分をすぎてもまだ来ない。 不安になってあたりうろうろしていた私を見て、バイタクのドライバーが声をかけてきた。これはもう自力で宿まで行くしかない、そう思いプリペイドチケット売り場へ行き、バイタクを頼んだ。(これは完全な判断ミスだったのだが、不安というものは本当に人の判断を狂わせるのだ。)


バイタクは1ドル、しかし政府公認のバイタクと言っても客引きは怠らない。運転しながらも、明日はどこへ行くんだとか、もっといいホテルがあるだとか言ってくる。断ってもなぜかそのホテルの前で停まるし、けっこうしつこい。まあそれでもベトナムのような強引さはさほど感じなかったので、翌日の1日観光はお願いする事にした。



宿に着くと、オーナーがあれっ?という顔でこちらを見る。どうやら話はちゃんと通じていて、迎えのツクツクとすれ違ってしまったようだった。すぐにそのツクツクドライバーに連絡を入れ呼び戻していたが、あとでオーナーがそのドライバーに料金を渡しているのを目撃してしまった。ドライバーは遠慮し、オーナーはガソリン代もかかったからとほぼ無理矢理渡していた。それを見て本気でへこんでしまった。

ただもう1本、確認の電話を入れれば良かっただけの話なのに何を思ったか私が勝手にバイタクを頼んでしまったのだ。ツクツクのドライバーの時間と、宿の送迎費を無駄にさせてしまったと思うと申し訳なくて仕方なかった。



そんな気まずいスタートだったが、ネットで予約したその宿は口コミ通りのとても良い宿だった。


まだ新しい宿で、オーストラリア人の夫婦が経営しているバッパーだった。
私が泊まったドミトリーは1泊$5で決して安くはないのだが、施設にはプール、ビリヤードなどがあり自由に使え、スタッフも若いカンボジア人ばかりだったが教育がきちんとされていた。


壁にこのホテルを建てた時の掲示があり、カンボジアの経済を助けるためにすべてカンボジアの業者、労働力を使って建てたと書いてあった。建築も、またホテルと契約しているツクツクドライバーも、自分たちが信用する人にきちんと適正な料金を支払って頼んでいるとあった。




ちょっと感動してしまった。

ホテルを一軒建てるだけでも人々に仕事を与え経済に貢献しているし、安い労働賃金で働かせようとするのではなく、良い仕事をすればそれに見合う賃金を支払う。若いスタッフをきちんと教育するのも、そのスタッフの将来、ひいてはカンボジアの未来に大きく貢献する。

カンボジアにはいろいろなNPO団体が入って人々を助けているが、こうやって自分ができる事をできる範囲でがんばっている人もいるんだなぁ。そう思うとのほほんと日本で暮らしている自分がとても怠け者のように思えた。


もうちょっと、がんばろう。
何をがんばるのかは思いつかなかったが、先ほどのバイタクの件に引き続きまた反省タイムとなってしまった。








そのスバラシイ宿の名前はSiem Reap Hostel.
文句なしにおすすめです!と、思ったら値上がりしていました、、、。
カンボジアでドミ1泊8ドルは高いな〜。それとも物価があがっているのかな?

Hostel World (2008年1月泊)

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1階のレストランとプール


2007_1230AN
くつろぎ談話スペース


2007_1230AP
ビリヤード台




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いよいよアンコールワットへ 2
 カンボジアに入るには、ビザが必要だ。

日本でもベトナムでも取れるが、カンボジアの空港でも発行してくれるとのことだったのでそれを選んだ。必要なのは顔写真と20ドルと申請書。顔写真が規定のサイズよりも小さいことをのぞけば準備は万端。

降り立ったシェムリアプ空港は平屋の、南国情緒の漂う小さな空港だった。最新という感じではないが、ホテルのロビーのようなきれいな空港だった。

ビザの申し込みカウンターには長蛇の列ができていたが、申込書の記入台やATMもちゃんとあり、写真さえ持ってくれば問題なく手続きはできた。しかしさすがカンボジアというか、のんびり、マニュアル作業のビザ発行でかなりまたされたが。

カウンターの左側に受付の2名、ここで申請書とお金とパスポートを渡す。そしてその後はカウンターの右側の方で流れ作業で出来上がってくるのを待つのだ。出来上がりの呼び出しものんびりしていて、係の人がパスポートを見ながら名前を呼ぶ。

もちろん、カンボジア人の係員の人には読み方のわからない名前がたくさん。発音もクメール流なので、みんな自分の名前を呼ばれてもいまいち不確か。それでも、時には笑いすら呼び起こしながら係員のおじさんはパスポート配布を進めて行く。観光客らはおじさんを取り囲み、自分の名前が呼ばれれば返事をして受け取りに前に出た。


こんな感じでしょっぱなからのんびり雰囲気満載のカンボジア。空港の外に出ても、ベトナムほど客引きがいないし、客引きもそれほど強引ではなかった。


が、予約した宿で無料のピックアップがあったのでメールで予約していたのだが見当たらない。迎えの人が掲げるネームボードには韓国語ばかり。もしかしたら昨晩メールしたばかりだから、まだ読んでいないのかも、、、。


不安になり、電話をかける。(実は電話が嫌だったので、遅すぎるかもと思いつつもメールで予約の連絡を入れたのだが。)

電話に出た男の人に英語で説明するが、向こうはこちらの英語を理解しないし、こちらは向こうの英語がわからない。長々と繰り返し確認し、今から迎えを出すのでそこで待っていて、ということになった。ホッと一安心。出口の横にオープンカフェがあったので、さっき両替したばかりのリエルを使ってアイスコーヒーを飲んだ。


のんびり待つが、20分しても一向にだれもこない。
先ほどの電話のやり取りが、かなり怪しかったので不安になってくる。


30分、まだ来ない。

どうしよう、もしかして何か勘違いしているのかもしれない、、、。
のんびり雰囲気で浮かれていた心が、徐々に不安に包まれてきた。





2008_0102BU
シェムリアプのマーケットにて。
青いバナナもこれだけあるとオブジェのよう







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