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インド−物乞い
JUGEMテーマ:旅行

インドは貧富の差が激しく、物乞いもたくさんいる、とガイドブックやインターネットに書いてあったので、行く前から「基本的には何もあげない事にしよう」と決めていた。

外国人旅行者は目立つ存在だし、あげていたらキリがなさそうだったからだ。それに、その物乞いがなぜそういう生活をしているのか異邦者の私にはわからないし、あげたりあげなかったりというのは、なんだか不公平な感じがして嫌だった。



事実、インドには物乞いがたくさんいた。

駅にはリクシャーワーラーに混じって手を差し出してくるおばあさんがいたり、外国人が集まるような観光地では多くの子供が「ワン ダラー!」とお金を求めて近寄ってきた。

No、と首を横に振ると、静かにあきらめて去っていく人もいれば、しつこく(しかもずうずうしく)「ねえ!」と何度も腕をつついてくる人もいた。



私がその子達に会ったのは、サモサを食べながらGaya 行きの電車を待っていたときだった。


兄弟のようで、赤ちゃんを抱いた小学生ぐらいの女の子と、4歳ぐらいの男の子の3人が私のところへやってきた。女の子が私の食べているサモサを指差す。

とっさに首を横に振った。

すると今度はザックのベルトにぶら下げていたりんごの袋を指差した。

それでも、あげないと決めた事を守り通した。普段日本にいたら絶対にありえない状況に戸惑っていたというのもあったと思う。



女の子は何も言わずに私の前を去っていく。腕に抱かれた赤ちゃんの瞳が私をじっと見つめていた。


3人の姿がどこかへ消えるとともに、私の心は後悔でいっぱいになった。
女の子はお金を求めたのではなく、食べ物を指差していた。


もしかしたら何日も食べてないのかも。親がいないのかも。考え出したら止まらなかった。


私は手に持っていたサモサを無理やり口に詰め込んだ。
リンゴもザックの中にしまった。


あげたくないからではない。
さっきの子供たちが再び食べ物を求めてやって来るのが嫌だったからでもない。
もしやってきたら、今度はあげるつもりだった。


自分でも理由ははっきりとわからないが多分、申し訳ない、と感じたのだと思う。


食べ物が買えない人がたくさんいる中で、何も考えずに好きなものを食べたいだけ買い、そういう人たちの面前でおいしそうに食べているという行為が、ものすごく配慮を欠いているように感じた。



もちろん、そんな事を気遣っていたら、建物の外では何も食べられなくなってしまう。

ただ、ここは日本ではないのだ、と痛感させられた。
人間は生まれたときから平等ではなく、私は裕福な国に生まれ育ったんだと。






カンボジアに行った時にものすごく印象に残る出来事があった。


アンコールワットを見学していた私は、観光客相手にポストカードを売ろうと、一生懸命声をかけている小さな女の子を見かけた。カンボジアでは見慣れた風景だった。

ポストカードや安っぽいおもちゃ、観光客が興味を示すようなものは子供達は売っていない。
私には、物を売ろうというよりは哀れみを買おうとしているように見えた。
もちろん、そうさせているのは親たちで、子供たちはそんなこと思っていないのだろうけど。



足を止める観光客はおらず、女の子はあきらめたのか、それとも何かに興味を引かれたのか、遠くをじっと見てたたずんでいた。


そこへ別の観光客の団体がやってきた。
子連れの家族もいて、ポストカードを売っている女の子と同い年ぐらいの女の子が、となりに並んだ。


その風景は、ショック、としか言いようがないものだった。


きれいな服、子供用のサングラス、新品のスニーカーをはいた、裕福な国から来た女の子。
かたや、着古した服に、ホコリで汚れた肌。そしてはだしでポストカードを売り歩くカンボジアの女の子。


思わずカメラに手を伸ばした。
でも、シャッターは押せなかった。




この時、人間は生まれたときから平等ではないのだ、と思った。
生まれてくる国、地域、家庭。
それによってその後の人生がまったく違うのだ。
もちろん、裕福な家庭に生まれたから幸せな人生を送るとは限らない。
逆も然りだ。
ただ、観光客の女の子は食べ物がなくてひもじい思いをしたことはないだろう。
生き物として、「生きのびていく」ことに障害が多いのはあきらかにカンボジアの女の子だった。



カンボジアでは平等ではないという事実を見せ付けられたが、ここインドでは、その不平等な世の中で、自分は裕福な国に生まれたのだと実感させられた。



私は何をすればいいのだろう。
そんな漠然とした、おそよ答えが出そうにない疑問が、Gaya 行きの電車が来るまでの間ぐるぐると頭の中を回っていた。



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