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インド−バナーラスに来た理由
JUGEMテーマ:海外旅行 総合


Yogi Lodge では、リクエストどおりにシャワーが壊れていない、窓のある部屋が用意されていた。
ふたたびバナーラス(Varanasi)に戻って来た安心感からか、久々にぐっすりと寝た。



バナーラスはガンガー(ガンジス河)の街で、その川沿いにはガートと呼ばれる沐浴場が多数ある。そしてそのうち2つのガートは火葬場が併設されていて、24時間大量の薪で死者を火葬している。

遺体はまずガンガーに浸され清められた後火葬され、焼け残った骨などはガンガーに流されるのだそうだ。子供や出家遊行者は焼かずに重りをつけてガンガーに沈められるので、遺体の一部を目にした、なんていう話を、出発前にネットでインドについて調べている時によく見かけた。


私がバナーラスを目的地に選んだのは、「死」というものに触れられるかもしれないと思ったからだ。



私は「死にゆくもの」を見るのが怖くて仕方がない。


生き物は、生まれ、生きて、そして老いてもしくは怪我や病気になって死んでいく。それは自然の摂理で止めようがないし、誰もが承知の当たり前の出来事だ。しかし、実際にそういった場面に出くわすと、近づけない自分がいる。




例えば、車に轢かれて瀕死の状態の猫。

私には足を止めることができない。もしかしたら、私がその猫を病院に連れて行けば助かるのかもしれない。でも、怖くて触れない。見ることすらできない。誰か他の人が手を差し伸べるのを祈る事しかできない。



例えば、余命幾ばくもないと宣告された同級生。

私はお見舞いに行くことができなかった。会って何を話せば良いのか、どう接すれば良いのか、怖くて行くことができなかった。仕事が忙しいから、卒業してから一度も連絡を取ってなかったし、と必死で言い訳を探した。



自分でもひどい人間だと思う。死というものから目をそむけ、道徳心も何もすべて放り出し逃げることしかできない。でも、それが今の自分だ。

もちろん、火葬場を眺めていたからと言ってこんな自分がすぐに変わるとは思わなかったが、もしかしたら何かのきっかけぐらいはつかめるかもしれない、そう思った。



母なる河、ガンガー。見たこともない河に理由なき魅力を感じて、私は遥かインドのバナーラスまでやってきたのだ。




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ガート近くの路地裏
新鮮な野菜を売っていた




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