Vanarasi へと向う列車の中で、私は呆然としていた。
Yogi Lodge の名刺が見当たらないのだ。ノートにはさんでおいたのだが、どこかに落としてきてしまったようだった。
20:00ちょうどにMughal Sarai というVanarasi の南17キロほどの場所にある駅に着く予定で、そこまでYogi Lodge のバイが車で迎えに来てくれる手はずになっていた。
携帯も持っていたし、絶対落ち合えると思っていたが名刺がなくなってしまった今、バイと連絡を取る手段が途絶えてしまった。
バイにはこの先の電車のチケット代を預けてあったので、どうしてもYogi Lodge に行く必要があった。
駅はきっとVaranasi 駅よりもひと回り小さいぐらいではないかと思ったが、落ち合う場所は決めてなかったので会えない可能性がある。
もし会えなかったら駅のリタイアリングルームで一泊し、明日Yogi Lodge を探そうと半ば諦めつつ寝台列車の一番上で、夜のMughal Sarai駅に着くのを待った。
不安な気持ちで横になっても眠れるはずはなく、嫌な想像ばかりして時間をすごした。
ようやく駅に到着する。まだ動いている列車のドアから身を乗り出しホームを眺めると、3人ほど男がダッシュしている。不思議に思い眺めていると、私の後ろに並んでいた下車待ちのインド人の一人が「降りろ!今だ!」と叫んだ。
もちろん、その男は私をからかってそんなことを言ったのだが、その時の私には冗談なのか本気なのかの区別がつかなかった。
戸惑いながら一段下のステップに足をかける。どう考えても降りれるスピードではない。
いや、たくましいインド人には当たり前のことで、みんな早く降りたいのかもしれない。
「無理!!」と叫びながらそのまま固まっていると、ホームをダッシュしている男たちが代わる代わる叫んだ。
「No!!!」
「Not Now!!」
大きく手を振り私を制す。
後ろを見ると、インド人たちも笑っている。
からかわれたんだ、とわかり電車が止まるまで待った。
長いホームに入りきった電車はようやく止まり、私はMughal Saraiに降り立った。
先ほどダッシュしていた男たちが私のところにやってきて紙を見せた。
そこには私が乗った電車の席番号と、私の名前が書かれていて、バイが用事ができて来れれなくなったので代わりに来たと説明した。
言っていることは本当だろうと思い、後についていく。途中男の携帯に電話がかかってきて、しばらく話した後私にその携帯を差し出した。バイだった。
基本的に雰囲気で英語を理解する私は電話での英語が苦手だ。しかも電波が悪いのか、バイの声は途切れ途切れであまり言っていることがわからなかった。とにかく、この男たちについていけということだけは聞き取れた。
駅を出ると、薄暗い建物の裏のほうへ連れて行かれる。停めてあったリクシャーに乗るよう促され、後部座席へ乗るとなぜか両側のカーテンが閉められた。怖がっているのが顔に出たのだろう、男は「Just for safety」と言ったが、見知らぬ土地、人の中で視界がふさがれるというのはかなり怖い。もしかして、土地勘がないのを良いことに、何か悪さを働こうとしているんじゃないだろうか、そんな不安が心をよぎる。
男3人は前列の運転席側に乗りリクシャーは出発した。
前方の人の間から見える景色はすぐに薄暗く、両脇にはほとんど何もない一本道へと変わった。
これは本当にヤバイんじゃないか。
確かにバイが手配したリクシャーだとは思うが、もともとバイはあまり信用していなかったので当然この3人の男たちも信用することができない。
地球の歩き方に書いてあった被害者投稿や犯罪事件の記事が頭の中を駆け巡る。
そんな私の心とは裏腹に、リクシャーは暗闇の方へと吸い込まれるように風を切り進んでいく。
せめて現在位置を掴もうと広げたガイドブックは焦っているためなかなかページが見つからない。
焦りがさらに焦りを呼ぶ。
胸の鼓動は高まる一方だった。
ガートへと通じる通路。沐浴を終えた人が帰ってゆく。