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シェムリアプで迎えた不思議な新年 4
 薄暗い船の上で数十分すごし、ようやく帰りのボートが戻ってきた。
パーティーは完全にお開き、従業員も一緒に帰路につく。


時折マイク達と話したり、ぼーっと暗闇の水面を眺めながら、ボートはだんだんシェムリアプの町に近づいてゆく。

そこで、ふと思い出す。
船を降りたら、次はオンボロのバンに乗って宿まで戻るんだ。

嫌な予感がする。


こういった状況での嫌な予感はだいたい当たる

バンに乗り込む私にマイク達は、「オレ達は自分の車で帰るから」とさよならの握手をしてきた。バンの中には先ほど船上で働いていた若いカンボジア人の男の子、女の子がぎっしり乗っている。



その真ん中にぽいっと放り込まれ、緊張でやけに姿勢良く座っている私は完全に浮いていた。周りのカンボジア人も、何もしゃべりはしないが明らかにこちらを気にしている。

車内はなんだか異様な雰囲気に包まれていた。




年が変わった早々に、この緊張感はいったいなんなんだ。
この車は本当に私を無事に宿まで送り届けてくれるのか。
周りのカンボジア人達は、信用できるのか。



いろいろな妄想が頭を駆け回り、シーンとした車内の空気の重圧は更に追い打ちをかけた。


何かしゃべらなければ。

話題を必死で探していると、突然となりに座っていた女の子が話しかけてきた。しかも日本語で。

たどたどしい日本語ではあったが、十分会話はできた。
英語も交えながら、よくある「旅人と現地の人の会話」をした。
周りのカンボジア人も、話には加わらないがにこにこしながら興味津々といった感じでこちらを見ていた。


あっ、と思った。

多分、その女の子は日本語ができるから私の横に座ったのだ。
そして、勇気を振り絞って私に話しかけてきたのではないか。


これは私の勝手な想像だが、彼らはとてもシャイなのだと思う。
外国人にとても興味があるけど、自分からはなかなか話しかけられないのだ。
お金を稼ぐ為外国人に積極的に話しかけなければならない観光地の土産物売りやツクツクドライバーとはちょっと違う。むしろ、このシャイな姿の方がカンボジア人の本来の姿なのではないか。


ようやくそう気づいた時には、もうさよならをしなければならなかった。


バンはところどころで停まり、一人、二人と降りていった。宿に着いた頃にはぎゅうぎゅうだった車内は3分の1ほどになっていた。


ありがとう!サンキュー!

車を降り、何度もお礼を言って走り去る車に手を振った。




年明けそうそう、なんとも不思議な体験だった。
あのへんてこな空気の中、最終的には少しカンボジアを理解できたような、できてないような。




静かにドミトリーの部屋のドアを開ける。
すでにタラはベッドですやすや寝ていた。



ちょっと寝たら、初日の出を見にアンコールワットだ。
少し、わくわくしてきた。






2008_0102BT
活きのいい魚はすぐに外に跳ね出てしまう。 
おばさんは器用にそれをひょいっと掴んではもとに戻すのだった




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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプで迎えた不思議な新年 3
マイクは、オーストラリア人だった。

日本のニセコにはスノーリゾート業などを営むオーストラリア人がたくさんいると聞くが、ここカンボジアでも同じようだった。オーストラリア人はリゾート業が得意な人種なのだろうか。


メインは不動産を転がしてお金を稼いでいるとマイクは言った。Tシャツに短パン、草履姿で瓶ビールを飲む姿はとても不動産をやっているようには見えなかったが、カンボジアの物価では他の国ほどお金もかからないのだろう。


ただ、カンボジアののんびりさには勝てなかったのか、マイクは今回の船上年越しパーティーはかなりあきらめモードだった。設備の古い船だった上に電力不足、追い打ちに目玉の花火が中止になってしまってはお客も盛り上がりたくても盛り上がれない。みんなそれぞれの連れと不安げにテーブルにつきフィンガーフードをつまんでいるだけだった。


投げやりな態度のマイクと世間話を話していると、もう一人マイクと名乗るおじさんがやってきた。仮にマイク2としよう。

彼はマイク1の友人で、これまたオーストラリア人だった。2人とも似たような境遇でカンボジアまでやってきて、ここで出会ったのだそうだ。顔は違うが似たような格好をして同じようなしゃべり方だった。(同じオーストラリアなまり英語なので当たり前と言えば当たり前だが。)


会話の途中によく、「オーイ」と言っていたのがおもしろくてとても耳に残ってる。オーストラリアの方言なのか、内輪での口癖なのかよくわからないが、多分「まー」とか「いやぁー」とかいった類いのかけ声的なものだと思われる。従業員のカンボジアの若者もオーイとおじさん達が言うたびにクスクス笑っていた。



そんな話が盛り上がる訳でもなく、むしろ必死で話題を探してなんとかつなぐといった感じだったが、マイク1&2が話しているのを聞いていたり、上のデッキにあがってみたりしているうちにカウントダウンを迎えた。これまた大騒ぎする訳でもなく、近年まれに見るほどの感動のない年越し風景だった。


カウントダウンも終わり、上のデッキで真っ暗な川を眺めていると、何やら乗っきた小さな船が動いていた。マイク2がやってきて、終了を待たずに帰りたいと言い出した客がいて、船を出したと教えてくれた。

できれば私も乗って帰りたかったのだが、オーナーと話をしてしまった以上、帰りたいとは言い出しずらかった。


しかたがないか、とあきらめ船を見送り下におりた。
するとどうだろう、一部の客が帰ったとばかり思っていたら、下のデッキには従業員しか残っていなかった。誰かが帰りたいと言い出したら、私も私もと次々にみんな船に乗り込み、結局全員帰ってしまったのだとマイク1が教えてくれた。


なぜそこで私に声をかけてくれないんだと言いたかったが小心者の日本人の私には言える訳もなく。言えたとしても、先ほど出たばかりの船がお客を降ろして戻ってくるまでWマイクと従業員達と一緒にこの船上で待たなければならない事に代わりはなかった。



カンボジアとは言え冬の時期。船上を通過する風は涼しいから冷たいにかわりつつあった。
確か、ここまで来るのに20〜30分かかった。ということは、次に迎えが来るのは少なくとも40分後だ。


話題もつきたしビールを飲む気にもあまりなれない。


2008年1月1日。


カンボジアで迎えた新年は、あまりにも新年らしからぬものとなった。
良い悪いはさておき、今までにない年越しだったということは、確かである。







2008_0101BC
ツクツクに乗っている時に撮ったので傾いているが、とある遺跡。
カンボジアの遺跡はラピュタのモデルになったと聞いた事があるが、
手つかずになり荒れ放題の遺跡は確かに竜の巣の中の空中庭園を思い出させた。




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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 22:29 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
シェムリアプで迎えた不思議な新年 2
バンは、その車内の静かさをかき消すようにガタゴトと音を立てながら走り続けた。20分ぐらいすると川辺に停まり中に乗っていたお客は船に乗るように促された。


椅子が並べられた狭く暗い船内にはすでに他から来たお客も少し乗っていて、私たちが乗ると満席となった。裸電球一つに照らし出されているその船は、どう見てもディナーどころか食事をするスペースすらない。


他の乗客の話に聞き耳をたてると、この船で会場となる別の大きな客船に移動するらしいということがわかった。私を含め、バンに乗っていたお客は「まさか、このおんぼろ船がディナー会場じゃ・・・」と思っていたので胸を撫で下ろした。



ドッドッドッドッ、と騒音と煙を巻き上げながら船は暗い川を進んでゆく。
時折明かりが見えた。それは岸辺の水上に建つ民家や船のガソリンスタンドで、窓枠の中に照らし出される人々の姿は、まるでカンボジアの人たちの生活を切り取った写真のようだった。


船内も相変わらずエンジン音がすざましく、みんな自分の連れと頭をつき合わせて何か大声で一言二言かわすぐらいしかできなかった。


私も、雰囲気にのまれおとなしく一人で隅っこに座っているしかできなかった。



2007_1231DN
暗く狭い船内から外を眺めても、
川岸にぽつりぽつりと浮かぶ家や、
漁をするボードの明かり以外は何も見えなかった。





20〜30分は乗っていたと思う。
ようやくついた客船は、さすがに2階建てで広々としたデッキがあった。それでも、照明不足は相変わらずで、申し訳なさげに取り付けられたイルミネーションも寂しげだった。

さらに、みんなが乗りこんだそうそうに停電がおこり、すぐに復旧はしたものの乗客のテンションが下がって行くのが明らかだった。


こんな雰囲気の中、他の乗客と少し挨拶はしたもののそのグループに入りこめるほどではなく一人でテーブルにつくことになってしまった。手持ち無沙汰できょろきょろしていると、船のオーナーらしき白人の男性が、食べ物も飲み物もフリーだからね、と声をかけてきた。


船上にはカンボジア人の若者が何人も乗っていて、彼らがウェイトレスやウェイターとして働いていた。白人のオーナーはそのうちの一人に声をかけ、ビールを持ってこさせた。

2007年大晦日、一緒に年越しをするのはマイクと名乗るこのディナーの主催者となりそうだった。






2008_0102BX 
ベトナム同様カンボジアでもフランスパンが食べられていたが、
形はベトナムのそれよりも細長いものであった。





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カテゴリ:ベトナムとカンボジア | 21:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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