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インド−信じる、信じない
JUGEMテーマ:海外旅行 総合


インドでは、ぼられることが多々ある。
同じ物がまったく違う値段だったり、5分の距離と20分の距離が同じ値段だったり。
ガイドブックにも、騙されるな、盗られるな、注意しろ!とうるさいほどに書いてある。
睡眠薬強盗などの犯罪に注意を促すものもあった。


そうなると、通常の感覚よりも疑いの念というものが強くなる。

もちろん、知らない土地を、あからさまによそ者の装いでうろうろしているのだから、通常よりも警戒というものが必要なのだが、この疑いの念というのは信じることを妨げる。


いくつか、人を信じられなくて後悔した例をあげよう。




バナーラスの路地裏のお菓子屋の店先で子供と話したり写真を撮ったりしていたときの事だ。
写真好きな彼らは、自分が写ったカメラの画像を見せてと言ってきた。
もちろん見せたのだが、カメラを盗られるんじゃないかと思う気持ちがどこかにあり、本体は手渡してもカメラについている紐からは手が離せなかった。

そして、それに気づいた瞬間の子供達の顔を見て、激しく後悔した。




アーグラー行きの電車の中で話しをしたインド人が、チャイをおごってくれた。
睡眠薬が入っているのではないかと不安になり、少しだけ飲んで後はこっそり捨てた。
チャイに睡眠薬は入っていなかったし、私がインド人は親切だと言ったことに対してご馳走してくれたのだというのは頭ではわかっていた。

電車がアーグラーに到着した時、良い旅を、とわざわざ自分のところまで言いに来てくれた彼と握手をしながら、チャイを捨てた自分を心の中で責めた。




後から考えると、その状況で盗られたり騙されたりする確立はほんの数パーセントでしかない。
でもその時点では、その数パーセントの事しか考えられなくて信じられなかった。




信じたいけど、信じられない。
信じなくて、後で後悔する。



一目でその人を信じられるかどうか見極めることができればどんなにいいだろうか。
でもきっと、経験を積んで見極め力を高めていくしか方法はないのだろう。


熟練パックパッカーへの道は、まだまだのようだ。



DSC03726
横に階段はあるけど、
斜面を滑り降りるほうがよっぽど早いし楽しいのです。



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カテゴリ:インド | 23:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
インド−深夜、バナーラス駅のホームにて
JUGEMテーマ:海外旅行 総合

インドの駅は24時間オープンだ。(多分、大きな駅は。)
広い国土は1日では走りきれないので深夜に発着する電車も多いし、何よりこれだけ電車が頻繁に、しかも下手をすると何時間も遅れるようではタイムテーブルが当てにならない。
ゆえにインドの駅には夜でも乗客が普通にいて(店はしまっているが・・・)、日本の歌舞伎町よろしく、眠らない国インドと呼んでもいいんじゃないかと思うのだ。


そんな、深夜1時とはあまり思えない構内を、7時間遅れの電車に乗るためにホームへ向った。

教えてもらったホームは8・9番。どちらにつくかはわからないらしい。(不思議だ)
階段を下りると、8番ホームに電車が停まっている。しかしホームには電車を待つ人々がたくさんいて、だれもその電車には乗り込もうとはしていない。


聞くのが一番手っ取り早くて確実だ。
そう思い、近くにいた女性に声をかけた。


彼女も同じ電車に乗るということだったが、ホームはわからないらしい。まだアナウンスが流れていないようだった。しかし、同じ電車に乗る人を見つけたことだけで十分だった。あとはこの人についていけば電車をミスることはない。


その女性は観光でバナーラスへ来ていて、これから家に帰るところだと話した。あのお寺へ行ったとか、ガンガーに行ったとかそんな話しをしていると、銀河鉄道999のメーテルを思い出させる帽子(色は白かったが)をかぶった男性がやってきた。その女性の旦那だった。


電車到着までの間の立ち話が始まった。
お互いに英語が怪しかったので、地図を出したりジェスチャーを交えたりの会話をしていると突然電気が消えた。インドでは電気の供給が間に合わず停電することが多いと聞いていたが、遭遇するのは初めてだった。


メーテル帽の男性は携帯を取り出し手元の明かりを確保、奥さんに地面に置いたバッグが盗られないように注意を促す。さすが、なれた物である。

私はと言えば、こんなときのために持ってきていたマグライトをどこにしまったのか忘れて、暗闇の中ごそごそ探しているうちに電気が復活してしまった。


そんなハプニングもあり、いや、きっとインド人には日常茶飯事でハプニングでも何でもないのだろうが、とにかくその停電で私たちの話しは更に広がり、電車が来るまで一緒にいた。


女性の方は学校の先生をしているというだけあって、始終笑顔でやさしい感じだった。
旦那のほうは、あまり笑顔はないものの、電車に乗りなれていない私の手助けをしてくれようといろいろと教えてくれた。



私は2Aのクラスの車両のチケットを持っていたのだが、列車が来くるまで、どこに自分の乗る車両があるのかはわからない。そしてこの夫婦が持っていたのはSLクラスだった。
しかし二人は、「君の車両も探してあげるから」と言ってくれた。



やがて私たちが乗る長い電車がようやくホームに入ってきた。
皆自分の乗る車両を探すのに一生懸命だ。
なぜなら電車が長すぎるため、自分の車両を見逃すと端から端までかなり長い距離を歩いて探さなければならないからだ。

メーテル帽の男性はまず自分たちの乗る車両を見つけた。
かなり前よりにあったので、女性のほうは私に別れを告げ、先に荷物を持って車両を追いかけた。
だが、メーテル帽の男性は、私の車両を見つけるためにそれを追いかけず私と一緒にいてくれた。


電車はかなり長く、夫婦の乗る車両はどんどんどんどん離れていく。
あまりに離れてしまうと停車時間によってはたどり着けない可能性も出てくる。しかもまだ荷物はたくさんあり、移動自体が大変そうだった。



私は、もういいから、大丈夫だからと言うのだが、男性は私をほっておけないとしばらく一緒に探してくれた。しかし私の乗る車両はいつまでたっても現れる気配がなく、男性は探すのを諦めざるを得なくなってしまった。


荷物をいくつも抱え、はるか先へと行ってしまった自分の車両に向いながら、「荷物を置いたら戻ってくるから、そこにいて!」と叫ぶ彼に、「だいじょうぶ、自分でさがせるよ、ありがとう!!」と大声で言い、自分の車両を探した。


周りの人に聞きながら、自分の車両をなんとか見つけ荷物を置いた。もう一度外にでて、メーテル帽の男性が戻ってきていないかしばらく外を眺めていたが、ホームにはけっこうな人がいて探すのは無理そうだった。第一、本当に電車が長くって、まだ自分の車両にすらたどり着いていなさそうだった。


念のため、電車が再びゆっくりと走り出すまで入り口に立って外を眺めていた。
探しに行って御礼をちゃんと言いたかったが、日本と違って車両は中でつながっているわけではなかったので、諦めた。


お礼を言えなかった事が悔やまれたが、またひとつ、インド人に親切にしてもらった事がとてもうれしかった。




思い返せば、このバーナラスの駅ではいろいろなことがあった。
外国人用チケット売り場で話しをした韓国人、物乞いの兄弟、初めて買った素焼きコップのチャイ。
そして待合室で一緒に年を越したチビッコたちに、電車を探す手伝いをしてくれたさっきの夫婦。


こんな広いインドの、こんな狭い範囲でおこったいろいろな出来事。

もし、バナーラスではなくカルカッタを目的地に選んでいたらどうだろう。
きっと、別の誰かに会い別の何かを感じ、考えているに違いない。


全ての出会いは、私の人生の進む方向に多かれ少なかれ影響を与えている。
だから私は、全ての出会いには意味があると思うのだ。




その意味のある多くの出会いがあったバナーラスを、電車はゆっくりと離れていった。



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いわゆる時刻表。
しかし駅名は主要なものしか載っていないので、駅で尋ねるほうが早い。



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カテゴリ:インド | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
インド−バナーラスで続く出会い(予告)
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終わったと思ってた人がいるようなので報告します。
まだインドの旅は続く予定です。
(行ってたのはたったの9日間なのに・・・) 

最近平日が忙しいので、週末にでも書けたらなーと思っています。
別ブログもけっこう書くようになってきて、週末はパソコンの前に座りっぱなしの日が多いです。
そんな時、私はいったい何をしたいのだろうと時々途方にくれることがありますが、ご飯を食べた後はすっかりそんなこと忘れてまた書き始めるのです。


次回予告

インドのキッズに別れを告げ、向った先のホームには・・・?
(えっ?まだバナーラス出てないの?とか言わない。)



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カテゴリ:インド | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
私の中のインド人像
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基本的にインド人はとても親切だと思う。


Gaya 行きの電車を待っている時の話しである。
出発時刻が書かれた掲示板の前で、となりに立っていた男に電車のチケットを見せ、「私の電車は何時間遅れるの?」と聞いたのだが言葉があまり通じず困ったことがあった。すると、私たちの周りにいた人すべてが、私を助けようとこの会話に参加してきたのだ。

この日本人は多分こういっているんじゃないか?
この番号はこの電車だろう、だから〇時に出発だ。
いや、何時間遅れているかを聞いているんだよ。

そんな感じで、その場にいたインド人たちは英語、ヒンドゥー織り交ぜて話し、最終的に英語の話せる人が通訳してくれた。


インド人に取り囲まれ、あちこちから何やら言われ最初は何が始まったんだとびっくりしたが、彼らは運行表も読めない困った外国人を助けようとしてくれたのだ。


例えばこれが日本だったとしよう。
きっと、外国人に電車の時間を聞かれた日本人は、英会話に冷や汗をかきながらも、必死で伝えよう、助けようとするだろう。
しかし、周りを歩く他の人たちが足を止めることはめったにないと思う。

ところがここインドでは、周りを歩く他のひと全員が何だ何だと足を止めて集まりだし、知らない者通しが一致団結とまでは行かないが、全員で助け舟を出そうとする。

もちろん、興味を隠そうとしないインド人なので、親切と野次馬を掛け合わせた結果(失礼)だとは思うが、日本とはまるっきり違うこの感覚が、面白くもありありがたくもあった。


とかく観光地では客引きがやたらと声をかけてくるので、うんざりとして全てのインド人を遠ざけたくなってしまうのだが、そんな時ほど自分から声をかけてみることをおすすめする。


「向こうから声をかけてくるのは9割がた何かをたくらんでいる人。
でも、こちらから声をかけて助けを求めた人の9割がたは良い人で、さらに周囲の状況により別の助け舟(見物人含む)がやたら集まってくる。」


たった9日間の旅なのであまり言い切ることはできないが、今のところ、これが私の中のインド人像。


もうひとつ、インド人はとってもおしゃべり好きだ。
これは、9日間の旅+会社のインド人(2名)を見て思ったことなので、80%の確立で正解だと思う。



FH000008
いつどこで撮ったのかまったく記憶がないのだが
話しをした覚えがないのでふと見かけて撮ったか、
下手したらリクシャーに乗っていて、停車の瞬間に撮った可能性もある。
それなのに、この落ち着いた笑顔。
やはりインド人の子供からはたくましさを感じる。





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カテゴリ:インド | 00:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
インド−大晦日、出会いの波が押しよせる 3
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「By the way, it's 2009 now.」


そういったのはTutunだった。
腕時計に目をやると、確かに深夜12時を数分回っていた。


Happy new year !!


インドではあまり1月1日の正月は祝う習慣がないので、私たちの周りにいた他の電車待ちの乗客は目をつぶったままだったが、しゃべりつかれて逆にハイになっていた私達はお互いにHi Five して新年を祝った。




Tutun,Mimo,Pupun, Suijani の従兄弟4人組
Titi, Tataの姉弟2人組


合計6人の子供に囲まれて、私は2009年を迎えたのだった。


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事の始まりは、1匹のねずみだった。

女性用の待合室に入った私は椅子がほとんど埋まっているのを見て、床に座ろうかと場所を検討し始めた。すると、一人の女性が手招きして自分の娘のとなりの空いている席を指差した。ベンチの前にはテーブルが置いてあり、大きな荷物を持っていた私はそこまで行くのを諦めたのだが、その女性がわざわざ荷物をどかしてくれたりして道を空けてくれた。

オールインド人の真ん中にポツンと一人、明らかに部外者の東アジア人が放り込まれたようで、お互いになんだか居心地が悪いような感じではあったが、長い待ち時間だということがわかっていたので、椅子に座れるのはありがたかった。お礼を言い、中学生ぐらいの娘さんの横の席についた。


シドニーシェルダンの前に、香港で購入して読みかけだった村上春樹を取り出して読み出してしばらくすると、私の足元を何かがかすめた。驚いて椅子の下を覗き込むと、背中側の壁に小さな穴が開いており、そこから1匹のねずみが出たり入ったりしていた。


あまりも素早いそのねずみは、私たちの足元をまるではじかれたビー玉のように自由に行きかっているのだが、ちょうど私の足元が外との出入り口になっていたため事あるごとに驚かされ、そのたびに隣に座っていた女の子と顔をあわせてクスクス笑いあった。


そんなことをしているうちに、お互いに緊張が解けたというか、少しずつ世間話をするようになった。
これからコルカタに帰る途中なんだけど、私と同じように電車が何時間も遅れているとか、女の子はTiti と言う名前で12歳、男の子は8歳でTata と言う名前、学校で英語を習っている、などなど。


本を読んだり、話しをしたりしていると、今度は反対側に女の子2人が座った。
一人はとても積極的でお喋り好きなSuijani もう一人は彼女の従兄弟、Pupun。こちらはあちこちに散らばっている親族がコルカタに集合するとのことで、ここにいる数名の女性のほかに男性待合室にも何人か親戚が同じ電車を待っているとのことだった。


そのうちSuijani の別の従兄弟、2人の男の子Tutun とMimoもやってきた。
Tutun はとても明るくて賢い男の子で、日本のことを良く知っていた。

「日本は4つの島でできていて、ホンシュー、シコク、ホッカイドー、後もうひとつ、なんだっけ?」
「日本でサッカーの人気が出たのは2002年でしょ?」

最初の方の質問は、九州だよ、と答えられたが2つ目は逆に私がそうなの?と聞き返してしまった。
彼曰く、日韓合同のワールドカップがこの年に開かれたらしい。(スポーツ観戦にまったく興味がないのでそんなこと覚えていなかった・・・)


だんだんと「日本について」の質問大会になってしまい、時には英語力不足だけでなく日本に関する知識不足で冷や汗ものの時もあった。
一番答えに詰まってしまったのが、「ブシドーって何?」という質問だった。


海外の人に伝えたいことなのに、説明ができない。英語が通じないときは絵に描いたりしていたが、精神的なことだったのでそれもできなかった。いや、それ以前に、武士道を言葉で説明することができなかった。感覚的にわかっているのだが、それを言葉で説明しろと言われるととても難しかった。

小さい頃から体に染み付いてきた文化というもの、その精神的・感覚的な部分は非常に説明が難しく、同じ文化を共有しない者にとっては理解しにくい事である。でもそこを何とか上手に説明できれば、理解してもらえなくても受け入れてもらう事ができる。そうやって文化間の溝を埋め、お互いの文化を尊重しあうことができれば、いろいろないざこざが減るのだろうな、と思う。
それだけに、自分がここまでその説明ができないと思い知らされて少し情けなかった。



なんとか一通り質問大会が終わり、今度は逆に私がいろいろとインドについて教えてもらった。
ヒンドゥー語の挨拶や、今まで屋台で買って食べたものの写真を見せてその名前を聞いたり、インド人は学校で2桁の九九を覚えるって本当?などと尋ねたりした。

2桁の九九は全部は覚えないしもう忘れちゃったよ、なんて答えに少しがっかりしたものの、それでもこの6人の子供たちと話しをしていると、インド人は賢いなぁという印象を受けた。


8歳で学校で英語を習っていないTata 以外は全員英語がぺらぺらだったし、性格が積極的かシャイかの違いはあるが、みなしっかりとした受け答えだった。



そのうち折り紙の講習会になり、全員で鶴を折った。

「Like this?」
「And next?」

全員が一生懸命鶴を折ろうと、目を輝かせながら聞いてくる。
それがもう夜の11時過ぎで、周りにいる他の客は皆座ったまま目を閉じぐったりしていることなんか、私たちには関係なかった。


子供たちも、ただでさえ長距離移動のイベントの最中でテンションが上がっているときに、こんな変な外国人にこんな場所であって、きっと余計に興奮して眠気なんかふっとんでしまっていたのだろう。



そうやっているうちに、いつのまにか2008年は過ぎ去っていた。
もはや電車の遅れなんてこれっぽっちも気にならなくなっていた。



2009年になり、30分もしないうちに今度は別れの時間がやってきた。
最初に私に席を開けてくれたTiti の家族の電車がまもなく到着するとアナウンスが入ったのだ。


席を空けてくれたTiti のお母さん、そしてTitiとハグし、迎えに来たおとうさんとTataと握手した。

「ダンニャワード!」
「アルビダー!」

繰り返し、ありがとう、さようなら、と言いながら4人を見送った。


そしてその15分後、今度は私の番だった。
「あっ、これお姉ちゃんの電車のアナウンスだよ!」


あまりに突然だったので少し慌ててしまい、ハグし忘れてしまったが、絶対に写真を送るからね、鶴以外の折り紙も調べて折って送るから、と4人とその家族に手を振り、何度も後ろを振り返りながら電車が来るホームへと向った。




出会いの年末、別れの新年となった。階段を駆け上がる私の足は軽かった。

時計は1時15分前、深夜で疲れていることに間違いはなかったが、そんなものを吹っ飛ばすほどのすばらしい時間、出会いだった。


6人の子供の純粋さはもちろん、直接ではないがその子供を通じて果物やお菓子を分けてくれた親御さん達の親切もうれしかった。




一人旅は、いつもこんな感じだ。

たくさんの嫌な事がある。

でもたくさんの素晴らしい事もある。



一人だから、嫌な出来事を全て自分で受け止め、対処しなければならない。
そこに相談する友人はおらず、全てが自分の判断にゆだねられてしまう。言い訳が効かないだけに、へこんでしまうことが多い。そして旅に出たことを後悔したりする。


それでも前に進まねばと続けていると、日本では見たことのないような風景に遭遇したり、今回のような素晴らしい出会いがあったりする。そして、この感動を誰かに言いたくて、伝えたくて、友人の顔を思い浮かべるのだ。



嫌な事からは次に生かせる何かを学び、素晴らしい事は次への原動力となる。


嫌な事があるのを知っているから、旅に出ることを躊躇する。
素晴らしい事があるのも知っているから、躊躇を振り払い旅に出る。




私の一人旅はこうやって続いていくのだ。



       
Pupun & Suijani       Titi, Tata & their Mom          Mimo & Tutun




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カテゴリ:インド | 19:31 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
インド−大晦日、出会いの波が押しよせる 2
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宿へと戻った私は、まだ電車までの時間はたっぷりあったが荷造りを始めた。今度は駅の周辺をぶらついて写真でも撮ろうと思ったからだ。

しかしとっくに戻ってきているはずの洗濯物がまだ届いていなかった。屋上で本を読み時間をつぶすが、確認しに1階に戻るたびに、まだきていない、あと30分、と結局2時間以上待たされた。挙句の果てに、あなたが乗る電車は遅れていて夜中の出発だから、年越しパーティーに一緒に参加しなよ、と逆に引き止められてしまった。


基本的に、知らない人とお酒を飲んでわ〜っと騒いだりという欧米のノリが非常に苦手な、バックパッカーとしては致命的な性格のため丁重にお断りし(この宿を信じていなかったので、電車の話も嘘かも知れないという不安もあった)、オートリクシャーの手配も理由をつけて断り、洗濯物が届くや否や、バックパックに詰め込んで宿を後にした。


後にした、というより逃げ出した、と形容したほうがふさわしいかもしれない。
とにかく、この宿の世話にこれ以上なりたくなかった。


特にひどい宿だったわけではないと思う。確かに、ツーリスト価格で、みやげ物屋に連れて行こうとセールストークは激しかったが、薬を飲ませたり半端ないほどの高額をぼったくろうとしていたわけでもない。お金を払った分はきっちり仕事をしてくれたので、インドではごく普通の宿なのだろう。


ただ、自分の度量がまだ少し足りなかったというか、うまく自分の中で折り合いをつけられなかっただけだと思う。最初から完璧な、良心的な宿を求めすぎていたために、少しのことで疑い、そこからすべてに疑念を持つようになってしまった。言うことすべてがお金儲けのために聞こえてしまい、この宿のサービスを利用するのが嫌になってしまったのだ。

こんなものさ、ともう少し心に余裕を持てていたら、もう少し心地よくこの宿で過ごすことができたように思える。バックパッカーとしてはまだまだ未熟だなぁ、と改めて思った。
(そんなことを思えるのは、旅から帰ってきて冷静になってからで、その時はこんなこと考えられなかったが)



話しがそれてしまったが、とにかく、ゆっくり安全なサイクルリクシャーを通りで捉まえ、駅へと向った。電車の出発時刻まであと1時間半もあった。とりあえず、バイが言っていた電車が遅れているという情報を確認するため、運行表のボードの前まで行く。



運行表の前はいつでも人だかりなので、少し後ろのほうから覗き込んで自分の電車の番号を探していた。すると、「May I help you?」と声をかけられる。


いつもの客引きか何かだと思い、よく見ずに「No」とそっけなく返したが、しばらくしてその人が駅員だということがわかった。親切心から困っている外国人に声をかけてくれたおじさんに対して、ひどい態度をとってしまったが、おじさんはそんなことをとがめることもなく、もう一度「May I help you?」と問いかけてきてくれた。


その上、おじさんのひどいインド訛りの英語と、私のひどい日本語訛りの英語とで意思疎通が図れなかったため、わざわざ英語の上手な別の駅員を呼んできてくれたりもした。

このおじさんのおかげで、電車が遅れていて駅に到着するのは夜9時ごろで、そこから掃除などをするから出発はさらに2~3時間ほど遅れるということがわかった。
そして最終的な出発時間は今の時点ではわからないから、9時になったらManager Office へ行って聞くようにとのことだった。


やはりバイの言っていたことは正しかった。少なくとも3時間半の遅れだ。とにかくManager Office の場所を確認し、今後どうするかを考えることにした。
教えてもらったプラットフォームへ行くと、ちゃんとManager Office があり、それ以外にWaiting Room とレストランがあった。


Waiting Room は男女別になっていて、中にはトイレも付いていた。ベンチの数は少なかったが、夜でも安心して待ち時間を過ごせそうな場所だった。



しばらく考えた結果、ここでおとなしく待つことにした。
きっと普通ならこの時間を有効に使おうと、どこかに行く計画なんかをを練るのだろうが、私は待つ間にその場を離れるのが苦手だ。
どうしても約束の時間が気になってしまうのだ。もしかしたらもう来ているかも、とその場所の近くにいないと不安になってしまう。

つくづく損な性格だなぁと思うが、気になるのだから仕方がない。逆に、ただ待つことは大の得意だ。ちなみに言うと、ボーっとしているのはもっと得意だ。なので、その場を動かずにじっと待つことは苦ではないので問題はなかった。



ただ、さすがに3時間半もボーっとするのは大変そうだったので、ホームにあった本屋へ行く。シドニーシェルダンの本がたくさんあったので、適当な厚さのものをピックアップして買った。195ルピー、およそ400円というとても安い値段で洋書が手に入った。
(インドに来る前に飛行機を乗り換えた香港で村上春樹の本も買ったが、それは14USドルだった)


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またまた話しがそれるが、私は海外旅行に行くと必ず洋書の小説を買うことにしている。
ただ単に安く買えるからなのだが、決まって買うのはシドニーシェルダンか村上春樹だ。もちろん英語がシンプルで読みやすいからという理由のみで決めている。あとは厚さ。(あまり厚いと読む気がうせるので)
そんな私の 数少ない書庫レパートリーは右側メニューのBook Shelf からどうぞ。
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本のほかに、水とスナックも少し買った。
これで準備万端、気長に電車を待とう。


そういえば、インドに来てから日にちの感覚がなくなっていたが、今日は2008年の大晦日だ。
この遅れ具合から行くと、電車の上で迎えるつもりだった新年が、下手をするとこのバナーラスの駅のホームで迎えることになるかもしれない。


もともと家族団らんとかそういったのが苦手で、年末年始に旅に出るのはそれを逃れる良い理由だった。知らない人とワーっと騒ぐのも苦手なので、あえてこの日を移動日に選んだというのもある。


それでもやはり、駅のホームで一人電車を待ちながら正月を迎えるのかと思ったら、一瞬寂しさが心をよぎった。
できれば、2008年のうちに寝台列車に乗り込み、寝ている間に2009年になっていて欲しかった。





結論から言うと、電車は8時間近く遅れ、案の定駅のホームで年越しをする羽目になった。
しかし、シドニーシェルダンは一度も開かずに終わり、2009年の始まりを一人で迎えることもなかった。


Waiting room では、ここインドで迎える正月を人生で一番記憶に残る物にしてくれる、素敵な出会いが私を待ち構えていた。




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インド−大晦日、出会いの波が押しよせる 1
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そうか、これがガンガーか。

一人納得して、この不思議な河を後にした。 さきほどリクシャーで来た道を今度は歩いて戻る。
今度もまた、入れ替わり立代わりで物売り、勧誘が声をかけてくる。


ここまでしつこいと、お店があっても入る気になれない。サリー、雑貨、日用品。いろいろな物を横目にただただ前へとすすんだ。あまりにも回りに目をくれず、もくもくと歩いたため、すぐに宿のある道まで戻ってしまった。


うーん、こまった。することがなくなってしまった。


何か面白い物はないかと、今度はキョロキョロしながら道をゆくと建物の入り口に怖い顔をして立っている人がいた。よく見るとそこはレストランで、どうやらその人はガードマンのようだった。


目が合った。
ゆっくり歩いていたので思わず足も止めてしまった。

すると、そのガードマンは私に向って手招きをした。
「食べていきな」とでも言っているような、そんな顔だった。


特におなかは空いていなかったが、宿のご飯ばかりで飽きてきていたので入ってみることにした。
ガードマンは英語が話せなかったけど、中からウェイターを呼んできてくれた。何料理の店かよくわからなかったけど、案内されるまま席へつく。


メニューを見ると、もろインド料理だった。
ミニターリー(45ルピー)を頼み、トイレを借りる。建物は古かったが、きれいに掃除されていた。
食事の値段は私の泊まっている安宿と同レベルだが、おいしかったし、持っていたミネラルウォーターのペットボトルを見てグラスを持ってきてくれたりなどサービスも良かった。
横の席に座っていた家族もフレンドリーで、ひとりで食事をする私に話しかけてきてくれた。


久しぶりの普通の(?)レストランでの食事だったせいもあるが、満腹・満足でお会計をすませた。
すると、ウェイターがザラメと、何かのスパイスのような粒が乗ったお皿を持ってきた。どうやら口直し用のものらしく、ウェイターがジェスチャーで食べ方を教えてくれた。ザラメとスパイスを混ぜて一つまみ、口の中へと入れてみる。メントール系の爽やかな味が口いっぱいに広がった。

日本の飲食店でもミントのガムや飴をくれたりするが、それよりもすごくおしゃれで贅沢な感じがした。
とはいえ、ここインドでは逆にガムや飴の方がおしゃれで贅沢なのかもしれないが。

日本でもインド料理の店に行ったら出てくるかな?
普段飲み歩きはするが、食べ歩きはあまりしないのでこういったことにはうといのだが、日本でもこんなサービスがあったらいいな、と思った。

店を出ようとすると、店のオーナーらしき人がやってきて、この店の名刺をくれた。
「ぜひ日本に帰ったらこの店を宣伝してください」


店員や周りの客の態度からもわかったが、この店はあまり外国人、特に日本人の客はこないようだった。今まで多くの客引きが日本語で話しかけてきたが、彼らの一番の殺し文句(?)は、「地球の歩き方に載っている」だ。それだけガイドブックの力はすごいのだろう。

サービスが良い店はぜひこちらも宣伝に協力してあげたい。
かなり微力ではあるが、Blogに書くよ、と約束して名刺をバッグにしまった。



DSC03738
Shahi Restaurant (Pure Vegetarian)
Rathyatra, Gurubagh Road, Varanasi Ph:2411069
Indian, South Indian, Chinese, Continental
一見怖そうなおじさんが見張っているが、近づくとにこにこやさしい。



DSC03736

あまりおなかが空いていなかった私が頼んだのはミニ・ターリー。
ぜんぜんミニではなかったが。インドでも人気の南インド料理もやっている。
おなかが空いていたら食べてみたかったメニューも多々あり。


笑顔でおじさんと手を振ってわかれ、宿へと向う。
なんだか気分を良くした私は、宿をもう一度通り過ぎ、気の向くまま横道へと入ってみた。

細くなる道をずんずん進むと、お菓子屋さんが出てきた。
その先の道が細すぎて行くのをあきらめUターンすると、めずらしいのか、私を見つめる目が。


お菓子屋さんで働くおじさん2名に子供が3名。

「ナマステー」

気分が良いと積極的になれる。
笑顔で挨拶すると、向こうもいっせいに笑顔になる。

「写真とって!」

子供が言う。


もちろんこちらもお菓子屋に興味しんしん、シャッターを切る。

おじさん、「あいつも撮ってやってくれよ」と向かいの雑貨屋の主人を指差す。
雑貨屋の主人はシャイなのか、仏頂面で目線もくれない。でも、隠れるわけでもなく撮られるのを待っている。ふふ。

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大きい写真はOcha Gallery からどうぞ。




どこから来たの?
どこに泊まっているの?

矢継ぎ早に質問攻めにあう。
しばしインド市民と交流し、またまたテンション上がり目で、名もない裏道から大通りへと戻った。
(この時、後でかなり後悔したことがあるのだが、それはまた別の機会に書くことにする。)



なんだ、私はひどくインドを誤解していたのかもしれない。
男の子たちの笑顔を思い出しながら、軽い足取りで宿への帰路についた。



FH010003





旅記録をつけようと思い立ち、このブログを始めて早3ヶ月。
たった9日間のインドの旅がまだ半分しか終わらないことに自分でもびっくりですが、
なんと訪問者数が1000人を突破いたしました!!

こんな稚拙な私の旅記録を読んでいただいているかと思うと、恐縮&感謝です。
ありがとうーー!!今後も応援よろしくお願いします!

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インド−バナーラスの町を歩く
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さて、何をして夕方まで過ごそうか。


次の目的地、Agra へ向う電車は17時発。昨日主な観光地を見て周り、セールストーク漬けのインド観光に辟易としてしまった私は、すっかりやる気がうせてしまっていた。


かといってこのまま宿にいても、今度は宿の主人のセールストークを聞かされることは必至だった。
しかたなく、昨日がっかりして終わったガンガーに一縷の望みをかけ、バイのシルク工場の見学に行かないかという誘いを半ば無理やり振り払い外へと出た。



まずは昨日散歩した方向と反対の方へと行ってみる。
一応ガイドブックのエリアマップを見つつ、この道かな?と検討をつけながら歩く。しかし道端に標識は一切なく、現在地がつかめないまま車が大量に走る大通りへと出てしまった。最終的にガイドブックから地図のページを破りとり、にらめっこしながら歩いてみたが結局「だいたいこの辺かな?」ぐらいにしかわからなかった。


それでも気の向くまま横の道へと入ってみると、急にあたりの様子が変わった。
白い帽子をかぶったムスリムの姿が目立つ。いや、ほぼムスリムだった。どうやらイスラーム教徒の地区へと足を踏み入れてしまったらしい。



興味はかなりあったけど、かなり場違いというか目立ちすぎの自分にいたたまれずすぐさま引き返してしまった。

それにしてもあそこまではっきりと区分けされているとは思わなかった。地図でイスラーム教徒地区とあったのは見ていたが、チャイナタウンのように中国のお店が立ち並んでいても、現地の人たちもたくさん訪れるような、そんな町並みだとばかり思っていた。

そこはムスリムのみが暮らせる、他からは隔離されたような、とても不思議で近づきがたい場所のように思えた。





どきどきしながらその場を離れ、リクシャーを捉まえた。
うろうろした距離と地図とを照らし合わせると、ガンガーまで歩くのは少し遠そうだったからだ。

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サイクルリクシャーのドライバーは
鮮やかなスカイブルーのシャツにスカーフ、
下は水色と白のチェックの布を巻いていた。
(Ocha Galleryにもう一枚写真あり)
なんだか、オシャレ。




リクシャーを降り、物売りの間をすり抜けながら進んでいくとガートに出た。
やはり昨日と同じでガンガーはなんだかぱっとしない場所だった。むしろ一人でいるせいで物売りがやたらと寄ってくる。ちょっと気を許して話した子供も、写真を撮ってと言われてシャッターを切った瞬間に「写真(のモデル)代1ドル」と手を出してきた。



「NO」 「Leave me alone」 「It's none of your business.」

幾度となくこれらの言葉を繰り返しながら、少し歩いては座り、眺めることに飽きたらまた歩き出すということを繰り返した。そしていつの間にか、マルカルニカーという火葬場のガートまでやってきていた。



私のような見物人はたくさんいた。

少し離れた場所に座りただじっと見つめる人。
火葬エリアのほうまで入って歩きながら見物する人。
ガートのすぐ横に立てられた高い建物には、ベランダから火葬の様子を交代で覗き込む、ツアー客のような団体もいた。


しかし、そんなことはお構い無しに死者を弔う儀式は進められてゆく。




曇っているのにじりじりと肌を焦がすバナーラスの空から逃げるように、私は建物の影になっている階段に座り込んだが、10分ほど眺めてすぐ、再び来た道を戻る。



売り子の勧誘は相変わらずだったし、河で日々の日課をこなす人たちも変わらずそこにいた。
まったく、いったいここは何なのだろう。



なんともすっきりしない気分で元の場所まで戻り、やけ食いというわけではないが、ガートの階段半ばの狭いスペースで器用に調理するおじさんから、関西のべた焼きのようなものを買って食べた。

ふと横を見ると沐浴に来たと思われる人や、ボートこぎのお兄ちゃんも、このおじさんから買ったべた焼きをほおばっている。



そうか、この違和感はこれだ。





普通、観光地と言う物は区分けの線が引かれていることが多い。

順路や進入禁止の立て札は見る側と見られる側を仕切っているし、そこにいる人は見る人と見せる人のどちらかしかいないことが多い。

そのどちらでもない人たちの生活空間がそこにあることはあまりないし、あったとしても線が引かれていて、見る人たちを拒絶していることがほとんどだ。

それは有名な場所であればあるほどその傾向が強い。
それなのに、世界的に有名なこのガンガーではその線がどこにもみあたらない。
もちろん、宗教が違うと入ってはいけない場所等はあるだろうが、それ以外に観光客を制する線はなかった。(もちろん、火葬の様子を写真に撮るという遺族を心を踏みにじる行為は禁止されているが)


観光客の私はどこにでも行けたし、物売りにとっては働く場所であり生活する場所でもあった。
そのどちらでもない人たちは、何を気にすることもなく沐浴し、体を洗い、水遊びを楽しんでいた。




インドは、不思議な国だと形容されることが多いが、その理由がわかったような気がした。


そして不思議なだけに興味が尽きない。
そうやって人々はインドにはまっていくのかもしれない。



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母なる河ガンガーは確かに
すべてを受け入れ見守る母のような存在だ





左側、少数枠ですが結構順位をキープできるようになって来ました。
右側は努力がまだまだですといった感じですが(^^;
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インド−バナーラス観光 2
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ガンガーの向こう岸へ、ラームナガル城を見学に。



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この高さまで積み上げ、くくりつけたことだけでもすごいと思うが、
さらにこれを2人がかりで動かしていたりする。
拍手ものの匠の技です。


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宿から散歩に出ようと大通りに出たとたん、
「写真撮ってよ!」と2人の少年に声をかけられた。



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今はまっているのは凧揚げです。
(インドの子供全体に言える)



DSC03715 
どこであげているのかわからないが、
空を見上げると必ずといって良いほど凧が見られた。
風になびいている物だけでなく、木や電線に引っかかった物も含めてだけど。



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道端の屋台でおいしそうな物を売っていたので買ってみた。
ピンポン玉大のクラッカーを割り、その中にトロっとしたソースが入っている。
おいしかった。


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その屋台のおじさん(左)と、横のお店のおっさん。
屋台のおじさんは、私が不思議そうに他の商品を見ていると、味見をさせてくれた。


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インド人はよくつばを吐く。そのつばがかなり赤茶色で、
何の病気かと思っていたらかみタバコだった。

道端で宿のスタッフに会い、声をかけたらもごもごしているので
何を口に入れているのかと聞いたら、かみタバコだった。
写真は、そのスタッフの行きつけの店で買った女性向けの甘めのかみタバコ。
おごってくれた。
少しず飲み込んで大丈夫、と言われたが途中でギブして吐き出した。


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歩き回って疲れたので、宿に戻り屋上で読書。
すぐに暗くなり、月が輝きだした。







明日は夕方17時の電車で、タージマハルのあるAgraに向う予定。
時間まで、何をしようか。




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インド−バナーラス観光 1
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一人でふらふらしようかと思っていたが、迷子になりそうだったし移動のたびにリクシャーを捉まえるのも面倒だったので宿の主人バイに勧められるがまま1日リクシャーを雇った。
移動だけお願いするつもりだったのだが、結局いろいろと連れまわされて1日観光になってしまった。


最初に行ったところがガンジス河だった。
噂どおり、きれいとは言いがたい、ごくごく普通の河だった。


洗濯をする、体を洗う、お祈りをする。
聖なる場所というよりは市民が集う憩いの広場といった感じで、のどかな日常がいつもどおり滞りなく行われているようだった。


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ドライバーがおごってくれたチャイを飲みながら階段に座りしばらく眺めていたが、ボートに乗らないかとか、花を買ってくれとか、入れ替わり立ち替わりで売り込みがやってきて落ち着かなかった。



期待していたガンガーに何も感じるものがなかったのでがっかりして次へと進んだ。
ドライバーにはガンガーとヒンドゥー大学に行きたいとしか告げてなかったが、なぜかお寺めぐりに連れて行かれた。
きっと朝食を食べながらバイのおすすめ観光スポットを聞いていたときに、へーとか、ふーんとか曖昧な返事をしていたので行きたいものだと思われたのだろう。


トゥルシスィー・マーナス寺院、サンカト・モーチャン寺院、地球の歩き方には「ヒンドゥー教徒でないと入れません」と書かれているドゥルガー寺院、立て続けにお寺を3つ巡ったあと、ヒンドゥー大学までやってきた。ドライバーは自分が入れるところは一緒についてきてガイドをしてくれるのだが、英語のなまりがひどくてほとんど理解できなかった上、人を待たせていることが気になってしまう私の性格のせいでゆっくり見ることなく駆け足で回ってしまった。



ヒンドゥー大学の広い構内の中には美術館とお寺がある。
あちこち歩き回って疲れてきた私は、ドライバーのガイドから逃れたいというのもあり、お寺を一緒に一周したあと、もう少し見たいから先にリクシャーに戻って待っててくれと言って自分はお寺に残った。



特に見たい物が本当にあったわけではなかったので、写真でも撮ろうとカメラを片手にさまようと、あちこちから声をかけられた。

「私の写真も撮ってくれない?」

インド人は本当に写真(を撮られるの)が大好きなようだ。
でもそのおかげで大学生グループからいろいろな話が聞けたり、みんなが笑顔でポーズを取ってくれたりと、短い時間ではあったが楽しく過ごせた。

(惜しむらくは、持って行ったカメラの調子が悪く、「後で送るね!」と約束した写真がほぼ全滅だったことだ)


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バナーラス・ヒンドゥー大学の中にある、ウィシュワナート寺院にて。
お寺の周囲には芝生のエリアがあり、くつろぐのにも良い



結局このあとマハラジャ屋敷(?)に連れて行かれ、この日の観光は終了。
駆け足で見たせいか、時間がたっぷり余ったので今度は一人で宿の周りをふらふらした。


その時の様子は写真中心で次回アップします。



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